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読書百遍

これまでの「読んだ本の内容を覚えていない」という、悲しい読書からの脱却を目指し、「熟読」「再読」「アウトプット」の読書を目指しています。 

藤原智美「文は一行目から書かなくていい」一本の井戸を深く掘り下げる 

藤原智美「文は一行目から書かなくていい」 

 

 

現代のインターネット社会においてデジタル化された文章は、私たちにどのような影響を与えているのか?

作者の藤原智美氏は電子書籍と紙の書籍の違いを、「遠浅の海か、一本の井戸か」と表現している。電子書籍はネットとつながっており、いわば広大な海であり、自由に飛び回れる可能性を秘めているが、同時に考えが散漫になるということでもある。一方の紙の書籍は、「深く掘り下げていくと豊かな水脈があり、物事の深淵にふれることができる」としている。確かにネットは便利ではあるが、その膨大な情報量が私たちの手には負えなくなってきている、というのは誰しも実感していることではないか?そして、そういった文章のまつわる環境が現代の人々の思考にも大きな影響を与えている、というのが藤原氏の指摘である。

 

例えば藤原氏はネット時代の文章の弊害として、コピー&ペーストがあるとしている。知りたい情報をネットで検索し、それをコピペしてつなぎ合わせることによって、あたかも自分で書いた文章であるかのように仕上がってしまう。しかしそれは本人の文章力ではなく、編集力であると藤原氏は言う。安易なコピペを繰り返すことによって、本人の文章力は衰えていく。

あるいはTwitterやメールなどに見られる、短い文章が多くなっているのも現代の特徴だ。これは文章よりもその中身の情報に、重きを置くようになったと言える。よりわかりやすい表現が求められているのだ。もちろんわかりやすいということは、一概に悪いことではないが、読み手が思考を必要としなくなる、とも言えるだろう。わかりやすさばかりを求めると、思考力や文章力の低下は免れない。

 

このように現代はわかりやすい情報とその速報性が重視され、文章力は二の次とされていることがわかる。しかしそんな状況であればこそ、確かな文章力と思考力を持つことは、大きなアドバンテージとなるだろう。

そのために必要なことは、「底なしの深い海に潜っていくような思考」であり、また「バラバラな断片として自分の中に散らばっているピースの中から、心に引っかかったものをすくいあげる」こととある。本書にはそのための実践的な文章術が示されている。

 

本書は、前半で実用的な文章術について、後半は現代のネット・デジタル時代においての文章の在り方や書くことの意味について考察されているのだが、前後半でその文章の印象が違う。あとがきに記されているが、執筆途中に東日本大震災があったことが影響しているようだ。そのため特に後半部分の藤原氏の文章は、まさに「一本の井戸を深く掘り下げる」かのような、真摯で文学的な薫りが漂っている。上滑りする情報と思考が氾濫する現代に求められるのはこのような文章だろう。そして同様に私たちがすべきことは、「一本の井戸を深く掘り下げる」ことであり、「心に引っかかったピースをすくいあげる」ことである。それはともすれば自分の心の中や足元に転がっているものであって、見つけることは難しくはないものかもしれない。そして、そのためには「書く」という行為が最も近道であるようだ。

 

 

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