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読書百遍

これまでの「読んだ本の内容を覚えていない」という、悲しい読書からの脱却を目指し、「熟読」「再読」「アウトプット」の読書を目指しています。    (穴があくまで本を読む改題)

はじめに

はじめに

 ~ABOUT ME~

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今さらながら、自己紹介と意気込みを書きたいと思います。

40代男性、

家族は妻と娘二人です。

 

子供のころから本を読むことは好きでしたが、勉強嫌いで国語の教科書に載っていたで覚えているのは「大造じいさんとガン」のみです。「勉強したら負け」と信じていた愚かな少年時代を経て気ままに生きていましたが、20代後半に突然「このままずっとアホでいいのか?」という疑問が立ち上がり、20代後半からは読書に明け暮れました。読めば読むほど知らないことは増えるばかり。読んでも読んでも追いつかない。読書の動機が劣等感から生まれているために、いつしか「本を読むこと」が目的になっていました。その結果、「本を読んだはいいが、内容を全く覚えていない」ということが起こります。これは悲しい。誰かに「この本面白かったよ」と伝えたくても、「どんな内容だった?」と聞かれたときに答えられないのです。せめて大まかなあらすじくらいは言えなければ、その本を読んだとは言えません。そんな悲しい読書からの脱却が必要です。私も40代にさしかかり、人生は有限だと感じるようになりました。読書の時間をつくることも難しい毎日です。そんなわずかな時間だからこそ大切にしたいと思います。大量の書籍を読むよりも、一冊の本を繰り返し読み、新しい発見をする。そして本と作者に対してリスペクトの気持ちを持って読書することが大切だと考えます。私が今この世界でかろうじてバランスを保っていられるのは読書のおかげだと感謝しているからです。とは言っても書店に行っては新しい本を買い込んで、机は本が山積みになっていますが。

 

読書ブログをはじめて発見したことは、考えれれば考えるほど、何かしら新しい発想が生まれるということです。他の人からすれば大したアイデアではないかもしれませんが、これまで自分の中になかったものが、考え続けることによって、あるいは時間をおくことによって立ち上がるというのは、とても面白いことです。逆に言えば、考えることをやめてしまうということは、湧き上がってくるかもしれないそのアイデアを切り捨てているともいえます。そう考えると非常にもったいないことで、読書を楽しむためには繰り返し読すことが欠かせないと、近頃は実感しています。

 

これまで文章など、ろくに書いたことがなく、とても人様に読んでいただけるようなものでありませんが、100冊の本を読んで感想を書けば、少しは文章も上達するのではと考えています。100冊を超えたとき、はじめの頃に書いた記事を自分で読んで、「恥ずかしくて削除したい」と思えれば、少しは上達しているかもしれません。「なかなかうまく書けているな」などと思うのならば、それは成長していないということでしょう。とにかく続けることに意味がありそうです。

 

趣味はマラソンです。読書とマラソンの両立は難しい。本を読みながら走れれば解決するのですが、いまだその域には達していません。

マラソンをはじめた動機はもちろんこの本です。

 

走ることについて語るときに僕の語ること (文春文庫)

走ることについて語るときに僕の語ること (文春文庫)

 

 本を読むこと、走ることが私の生命の源です。