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読書百遍

これまでの「読んだ本の内容を覚えていない」という、悲しい読書からの脱却を目指し、「熟読」「再読」「アウトプット」の読書を目指しています。 

中村文則「何もかも憂鬱な夜に」

中村文則「何もかも憂鬱な夜に」(集英社文庫)

 

小説の冒頭は主人公の古い記憶から始まる。飼っていた小鳥を飲み込んだ蛇の表情。海辺に全裸で死んだ大人の女を、片膝を立てて抱え込んでいる光景。そういった不気味で悲しい記憶が主人公を覆っている。彼は「自分がいずれ何かをやらかすような、そういう不安」を常に抱えている。人間の内の混沌、葛藤、矛盾とともに物語は進行する。

 

主人公は孤児であり、施設で育った。幼い頃、施設のベランダの柵の上から飛び降りようとして、施設長に止められる。そしてその施設長から救いを得る。やがて彼は刑務官となり収容者と向き合う一方、彼自身も暴力性や狂気を見せる。ただ一線を越える寸前で何度も踏みとどまる。彼の友人の真下は思春期の混沌に耐え切れず、自殺した。真下は主人公に救いを求めたが、彼は手を貸さなかった。主人公は真下に思いをはせながら、拘置所の収容者たち、そして死刑判決を下された殺人犯の山井との関わりの中でやがて彼自身も変化をしていく。

 

小説の舞台は拘置所であり、拘置所でのトラブルは刑務官が不利になることが多いという。幹部はトラブルを恐れ無視する。出世に影響するからだ。私はこれこそが、現代社会の姿で、また自分自身の姿ではないかと思った。問題から目を逸らし、蓋をする。確かに登場人物たちの持つ心の闇は深い。あるいはそれらから遠ざかろうとすることも、一つの知恵ではあろう。しかし、そういった安易な風潮が社会のひずみを大きくし顕在化させているのかもしれない。この小説は人間の心の闇に対峙しようとした作品だ。

 

そして、この小説の特徴は登場人物たちの内面を描きつつも、その問題の解決の糸口を人類、あるいは生物としての大きな生命の流れの中に見出そうとしている点にある。 

人類の傾向は拡大だと思う。進歩と呼ばれているものだ。(中略)拡大には、積み上げていく「善」だけでなく、無駄を破壊する「悪」がいる。この二つがバランス良く並び、拡大が進む。犯罪的な人間は、その「悪」が変形し、ねじ曲がった亜種ではないだろうか。(真下のノートより)

 

真下は『犯罪的な人間は、その「悪」が変形し、ねじ曲がった亜種ではないだろうか。』とノートに記した。さらに『だがそれも、生物の、人間の根本的な構造から生じてしまったものではないだろうか。この根本の、軌道修正は可能か。』と続く。犯罪的な人間を人類の問題として捉えている。また主人公が育った施設の施設長は何億年も前のアメーバを引き合いに出して語る。

 

「現在というのは、どんな過去にも勝る。そのアメーバとお前を繋ぐ無数の生き物の連続は、その何億年の線という、途方もない奇跡の連続は、いいか?全て、お前だけのためだけにあった、と考えていい」

 

これは全ての人間を肯定するということだろう。今を生きている命は過去と線でつながっており、すべての命に意味がある。そして今を生きることは、未来への責任を負うということだ。小説は大きな救いを提示して終わる。おそらく作者は人類は可能性を持っていると考えているのだろう。人間の「悪」に対して、人類の大きな流れから見て肯定し、救いを差し伸べる。それこそが未来へと続く新たな線を繋ぐということだ。つまり人間の持つ力を信じている。他方人間が持つ「悪」から目を逸らそうとする人々は、人間の力を見くびっているともいえる。しかし、人類の進歩の過程から生まれた「悪」から逃れようとすることは、人類に対する怠慢であり冒涜でもある。そこに向き合うことなしに人類のさらなる進歩はない。

 

小説では登場人物が芸術作品に触れることで救われていく。施設長の言葉である。

 

「自分の判断で物事をくくるのではなく、自分の了見を、物語を使って広げる努力をした方がいい。そうでないと、お前の枠が広がらない」

 

人間、あるいは人類にとって拡大(進歩)することが、救いにつながるということだろう。しかしながら人類の拡大、つまり進歩の過程では「善」と「悪」が生まれる。同じように自分自身、個人の成長の過程においても、それらは姿を現すだろう。それを克服してこその進歩であろう。

 

小説のクライマックスで読まれる山井の手紙は、「死」さえも超越した「生」の意味が示される。私たちは、たとえ生きているとしても、「生」の意味を考えることをしないならば、未来へと線を繋ぐことはできないだろう。しかし連綿と続く人類の生命を考えると、おのずと「生」の意味、そして、なすべきことが見えてきそうだ。私たちは恐れすぎているのかもしれない。この小説には光がある。人類にはまだ拡大の可能性はあるだろう。「悪」を包み込む本当の意味での進歩の可能性だ。そのためには、それに伴う「悪」、そして「生」に向き合わなければならない。 

 

人類の傾向は拡大だ。それが宿命であり、救いだろう。

 

 

何もかも憂鬱な夜に (集英社文庫)

何もかも憂鬱な夜に (集英社文庫)

 

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