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読書百遍

これまでの「読んだ本の内容を覚えていない」という、悲しい読書からの脱却を目指し、「熟読」「再読」「アウトプット」の読書を目指しています。    (穴があくまで本を読む改題)

「嵐のピクニック」本谷有希子

本谷有希子 小説

「嵐のピクニック」 本谷有希子講談社文庫)

 

劇団、本谷有希子」主宰で、劇作家、演出家、小説家、女優、声優、各賞総なめ、芥川賞と、そのキャリアにはこちらが怯んでしまうが、読者が勝手に上げたハードルも、彼女は軽く飛び越えてしまうだろう。

 

本書は13の作品が収められた短編集で、縦横無尽の発想から巻き起こる、奇想天外の出来事の数々。そのすべてから、瑞々しさと、彼女の勢い、そして彼女の自身が満ち溢れている。

時代は今、「本谷有希子」だ。

 

彼女が劇作家であることは本書からも感じることができる。

まず、エンターテインメント性である。その設定と展開は意外性に満ち、読者が飽きないように緻密に設計されている。また、短編であっても、さらにその奥に広がるストーリーを予感させ、各々の作品がドラマ化、映画化などされるのだろうと想像できる。

 

 しかし、娯楽性の高さゆえに懸念されるのが、文学性との兼ね合いである。そこで登場するのが、文学界のゴットファーザー大江健三郎氏の登場である。 

本作品は「大江健三郎賞受賞作」ということで、解説を大江健三郎氏がしており、これで文学性についての、お墨付きがもらえた、といったところかもしれないが、私はそうは思わない。この二人、意外な組み合わせのようだが、共通点もあるのではないか?それは針の振り切れ方である。躊躇しない思い切りの良さというか、常人が踏み越えない一線を、軽くまたいでしまう点である。つまり想像力が半端ない。それでいて、最終的に見事な着地を見せるのは、劇作家ならではの構成力だろうか。

 

私の特にお気に入りは、「アウトサイド」、「哀しみのウェイトトレーニー」、「ダウンズ&アップス」である。

 

冒頭の「アウトサイド」。ピアノを習う反抗期の少女のやる気のなさに、やさしいピアノ教師が見せた一瞬の別の顔とは。おそらく本書において最もスタンダードな作品だろうが、立ち読みで、パラパラとめくった読者を釘付けにするには十分な刺激である。しかし、これは挨拶がわりだ。

 

突然ボディビルに、はまる主婦の話、「哀しみのウェイトトレーニー」は単純に笑えるコメディーに終わらない。今まで自分はこういう人間だと決めつけて生きてきた主婦による、自分を取り戻すための挑戦の記録である。それは彼女に全く関心を示さない夫への挑戦でもある。

 

そして、「ダウンズ&アップス」は有名デザイナーとデザイナー志望の若者が交わす心理戦。有名デザイナーを真っ向から批判する若者を気に入り、目をかけるが、その行方は?

 

各作品に共通しているのは、登場人物が見せる、一瞬のきらめきである。言い換えれば「魔法がかかった」のである。その一瞬をとらえるのが、本谷有希子の仕事だろう。もしかするとその一瞬は、私たちの日常に転がっているのかもしれない。それを見過ごせば、普段の日常が過ぎ、捕まえることができれば、ダイナミックな物語が展開していく。ただ、たとえ捕まえたとしても、やがて魔法は解ける。その先の物語を生きていくことも、また重要だ。

 

本書最後の作品、「いかにして私がピクニックシートを見るたび、くすりとしてしまうようになったか」(タイトルが新書みたいだが…)にはこんな一文がある。

 

お陰でそれ以来、私は道で見かけるいろんなものについて想像しながら歩く癖がついた。あらゆるものは自分の想像を超えているかもしれないのだ。

 

いま私たちに必要なのは「あらゆるものは自分の想像を超えているかもしれない」という想像力だろう。それは現代を覆う閉塞感を打開し、大きな希望となるかもしれない。

そして、リアルタイムで「本谷有希子の時代」を体験できる私たちは幸運である。

 

嵐のピクニック (講談社文庫)

嵐のピクニック (講談社文庫)

 

  

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