読書百遍

これまでの「読んだ本の内容を覚えていない」という、悲しい読書からの脱却を目指し、「熟読」「再読」「アウトプット」の読書を目指しています。 

井上章一「京都ぎらい」 京都のいやらしさとは

「京都ぎらい」(朝日新書井上章一

京都市在住の私が、書店に行くとまず目につくのが、京都に関する書籍の多さです。いわゆる「京都本コーナー」は日を追うごとに拡充されています。そのほとんどが京都礼賛本であり、「京都をもっと知りたい!」「京都大好き!」という需要に応えてのものでしょう。そんな中でひときわ異彩を放つ京都本、「京都ぎらい」です。

 

京都ぎらい (朝日新書)

京都ぎらい (朝日新書)

 

 著者の井上章一氏は、関西では情報番組のコメンテーターとしておなじみですが、他のコメンテーターとは一線を画す、独自の視点を持っている人だなという印象を持っていました。一癖も二癖もある井上氏ですが、そこには彼が生まれ育った「京都」が関係しているようです。

 

井上氏は京都市右京区の花園で生まれ、同じく右京区の嵯峨で育ちます。まぎれもなく京都市生まれ京都市育ちですが、彼は「自分は京都市に生まれそだったと、私は屈託なく言いきることができない。」と言います。嵯峨は京都の街中、洛中とよばれるところから少し離れた周辺部、いわゆる洛外であり、洛中の人々から見下されてきたのです。

 

私は彼らから田舎者よばわりをされ、さげすまれてきた嵯峨の子にほかならない。生まれそだちは京都市だということに、わだかまりをおぼえるのはそのためである。

 

 どこの地方でも似たようなことはあると思いますが、井上氏に言わせると「京都が周辺住民にもたらす葛藤は、また格別である」らしく、そんな京都にうらみつらみを持った井上氏が「誰もがうすうす気づいているが、あえて書こうとしなかった」京都のいやなところをぶちまけます。そして、お坊さんや舞妓さん、仏教や、歴史についても井上氏らしい視点で語られます。

 

私が気になったポイントです。

  • 京都人がつけあがるのには、東京のメディアがおだて、もてはやすことに一因がある。(P37・109)
  • 江戸と上方での芸子、芸者の呼称の違い(P64)
  • 僧侶と花街(P77)
  • 出版社の寺での取材に際する謝礼事情。「金銀苔石」(P108)
  • 戦国時代、寺はホテルとしてのサービス機能を持っていた。(P121)
  • 徳川家康から三代が京都の寺の再生に力をいれたので、現在の京都の寺院は江戸時代に再建、造営されたものも多い。(P146)
  • 江戸時代以降、寺院は宗門の本山へ全国各地の浄財をあつめるシステムによって経済的にまもられ、それによって建築方面の職人の技術の継承に役立った。(P151)
  • 嵯峨は南朝にゆかりがあり、平安京の副都心であったが、嵯峨から政治的な力を奪った幕府は室町通りに拠点を置いた。(P184)
  • 天龍寺後醍醐天皇の怨霊。(P186)

 

私は他県から京都に移住していますので、京都の排他的なところ、「いけず」なところも感じています。しかし京都は自身が持つ「ブランド」によって多くの観光客か訪れ潤っている面が大きく、そこで昔から住んでいる人々にとっては既得権益ですから、よそからの侵入者や周辺地域と差別化しようとするのは当然だろうとも思います。ただ京都人の鼻持ちならない部分を、首都圏のメディアが増長させているというのは、井上氏の指摘通りでしょう。しかし井上氏の京都に対する積年の恨みは相当なものです。彼もまた嵯峨や現在住む宇治市の隣にある亀岡や城陽に対して差別意識を持つといいますが、それすらも京都のせいにしています。さらに、その対立の原点は南北朝時代室町通りに拠点をおいた室町幕府にまでさかのぼるというのですから、スケールの大きな話です。

 

この京都のいやらしさ、誰もが感じていることですが誰も今まで書かなかった。そして井上氏に代弁してもらい、「そうだそうだ」と我々は思うわけですが、それですっきりするわけでもないのです。京都は千年の都と言いますがそこに住む人々も、よほどしたたかでなければ、生きていけなかったであろうと想像できます。洛中の人々がこの本を読んで何か変わるわけでもなく、洛外の人々との溝は埋まるものではないでしょう。しかし洛中の人々から「さげすまれてきた」井上氏から見た京都の見かたは興味深い指摘にみちています。

 

 第二章では花街でのお坊さんの活躍ぶりが記してありますが、ここまで言っていいのかと心配になるほどの言いたい放題です。これはやや誇張されているのでは、いや、そう信じたいほどの内容です。そして、井上氏が育った嵯峨からみた歴史観ユニークなものです。井上氏は京都人は「中華意識」が強いと言いますが、普通歴史は権力を持った者から見た視点で語られます。しかし、嵯峨の地は南北朝時代に追いやられた歴史があり、いわば、しいたげられた者からの視点で井上氏は語ります。京都の地理的な観点か考えることで一層歴史を身近に感じられます。

 

そんな「やや癖のある著述家」井上氏ですが、そうなったのは「京都の子として成人にていきかねない私の脚」をひっぱってくれた「私に屈辱をしいた洛中の中華思想」のおかげだそうです。

しかし最後には東京、あるいは国歌や国旗、日の丸や君が代までも「あんなものは、東京が首都になってから浮かび上がった、新出来の象徴でしかありえない。」と、バッサリ。しかも嵯峨が副都心だった平安鎌倉時代と比べています。さすが井上氏、どこからみても、れっきとした京都人ぶりです。

 

ちなみにこの本では京都の洛中の人々について、さんざん悪く書かれています。私は洛中に移り住んでいますが、近所の人は親切な人が多く、町内会の行事にもこころよく受け入れてもらっています。意地の悪い人ばかりではありません。

ただ、その京都人の本心までわかりませんが。

 

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